『櫻井・有吉THE夜会』で話題になった、熊谷真美さんの福岡にある実家の大掃除企画。
築150年・約4000坪というスケールだけでも驚きですが、さらに視聴者の目を引いたのが敷地内にそびえ立つ高さ8メートルの観音像です。
- 「なぜ個人宅に観音像があるのか?」
- 「そもそもこの家の主だった父はどんな人物?」
- 「父の行年さんが営んでいた熊谷商店は今どうなっている?」
気になるポイントはかなり多いですよね。
この記事では、
- 福岡の実家に観音像がある理由
- 熊谷商店の現在
- 父・熊谷行年さんと母・清子さんの人物像
について背景や意味まで含めて深掘りしていきます。
熊谷真美の福岡実家になぜ観音像?
実家にある観音像は、母・清子さんを弔うために建てられたものです。
高さ8メートルという規格外の大きさは、単なる供養というよりも「強い想いの象徴」に見えます。
父・行年さんは破天荒で豪快な人物として知られていますが、そのスケール感がそのまま表れている印象です。
とはいえ、そもそも個人の敷地内にここまで大きな観音像を建てるのは珍しいケース。
宗教的に特別な意味があるのか、それとも個人的な信念によるものなのか、疑問に感じる人も多いはずです。
一般的に、墓地や個人の敷地に観音像を建てること自体は珍しくありません。
観音菩薩(※人々を救う仏様の一種)は「慈悲(じひ:思いやり)」の象徴とされ、故人の安らぎや遺族の見守りを願う意味で設置されるケースがあります。
つまり熊谷家の観音像も「供養」という意味では特別ではありません。
ただし8メートルというサイズが、このケースを特別なものにしています。
一代で財を築いた行年さんだからこそ実現できた規模であり、その大きさはそのまま清子さんへの想いの強さとも読み取れます。
一方で現実的には、この規模の供養施設は維持や処分(墓じまい)も非常に大変です。
実際、熊谷真美さん自身もその扱いに悩んでいる様子が語られており、「想いの大きさ」と「現実的な負担」のギャップも見えてきます。
「母の償いのために建てたんですけど、これからここをどうするかとか、てんこ盛りなんですよ、やることが」と頭を悩ませ「父がすごいことしてくれちゃったなと思って。えらいもん建てちゃったんですよね」と語った。
引用元:スポニチ
熊谷商店の現在は?
父・行年さんが営んでいた熊谷商店はすでに閉店しています。
しかし当時の様子は、作家・ねじめ正一による小説『熊谷突撃商店』に描かれています。
この作品は、母・清子さんの人生をモデルにした物語です。
女優熊谷真実・美由紀の母にして、美由紀の夫松田優作の闘病を見守ったひと―。著者の旧知の女性(熊谷清子)をモデルに、二歳で満州から引き揚げて後の山口での少女時代、静岡での女工時代、結婚して東京で店をはじめてからと、山あり谷ありの戦後をいつも全力で生きる主人公と、型にはまらないその家族たちの熱血物語を軽快に描く。
引用:好きな書評家
あらすじを読むだけでも、清子さんの人生がいかに波乱に満ちていたかが伝わってきます。
ただの商店経営ではなく、人間ドラマの塊のような日々だったことが想像できますよね。
さらに注目すべきは、この作品を書いたのが直木賞作家でねじめ正一氏である点。
一流の作家が惚れ込むほどの人生というだけで、興味を引かれますよね。
| ねじめ 正一 | |
|---|---|
| 生誕 | 1948年6月16日 東京都 |
| 職業 | 小説家 |
| 言語 | 日本語 |
| 国籍 | 日本 |
| 最終学歴 | 青山学院大学経済学部中退 |
| 主な受賞歴 | H氏賞(1981年) 直木三十五賞(1989年) 中央公論文芸賞(2008年) 舟橋聖一文学賞(2009年) |
熊谷商店は単なる「商売の場」ではなく、人を惹きつける清子さんの魅力そのものが形になった場所だったのかもしれません。
閉店してしまった今でも語り継がれるのは、建物ではなくそこにあった人間力が強烈だったからとも言えそうです。
父・熊谷行年は何者で母・清子はどんな人?
父・熊谷行年さん
熊谷行年さんは福岡出身の実業家で、洋服の卸・小売業を一代で成功させた人物です。
- 骨董収集が趣味で、テレビ番組『なんでも鑑定団』では「カリンの座卓」が200万の高額査定。
- 愛人が複数いたとされるエピソード
- 派手な私生活や独特なファッション(赤と白を好むファッション)
これらからも、かなり個性的な人物像が浮かびます。
こちらは熊谷真実さんのInstagramからの引用です。
確かにこの口髭と髪の色が相まってサンタさんに見えてきます。
こういった部分には、なんだか憎みきれないお茶目さも感じますよね。
一方で成功者でありながら破天荒。
どこか「昔気質の豪傑」のような雰囲気もあります。
ビジネスで成功する行動力と、私生活の自由さは表裏一体だったのかもしれません。
そのスケールの大きさが、観音像のような決断にもつながっているのでしょう。
母・熊谷清子さん
清子さんは阿佐ヶ谷で洋品店を営み、美貌・商才・人望を兼ね備えた女性として知られています。
- 商店街で慕われる存在
- 小説のモデルになるほどの人生
- 家庭内では複雑な状況(夫に愛人がいて当たり前)を抱えていた
現代の感覚で見ると、かなり過酷な環境に置かれていたはずです。
それでも周囲を明るくする存在であり続けた点は印象的です。
夫に愛人が複数いる状況を受け入れることは、現代では理解しにくい価値観でもあります。
ただ、その時代背景や環境を考えると、「強さ」と「しなやかさ」を併せ持った人物だったとも言えます。
行年さんが最終的に観音像という形で弔ったのも、そうした清子さんの存在の大きさゆえだったのかもしれません。
まとめ
熊谷真美さんの実家にある観音像は、単なる珍しい建造物ではなく、
父・行年さんと母・清子さんの人生そのものを象徴する存在でした。
- 観音像は母への供養の象徴
- 熊谷商店は人間ドラマの中心だった場所
- 父は豪快な実業家、母は周囲に愛された人物
スケールの大きさに目を奪われがちですが、
その背景には濃密な家族の物語が詰まっています。
番組を見る際も、この視点を知っていると
より一層ドラマチックに楽しめそうですね。


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